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2007年 10月 14日
今日10月14日は日野啓三の命日。
10月に入ってから彼のことばかり考えている。考えるたびに胸が痛む。命日を迎えた今、痛みは頂点に達している。とってもつらいです・・。 初心に返ろうと思って、初めて読んだ日野啓三の作品『夢の島』(文庫のほう)を手に取ったら、昨年10月に観た映画の入場券2枚がはさまっていた。(しおり代わりに、つい切符類を本にはさんでしまうのだ・・。)毎年同じこと考えているんだなあ・・と自分の単純さに呆れた。 昨日は長い間触れることすらなかった『キーワード事典 朝までビデオ 洋画ベストカタログ 作品・俳優・監督』(1989年・洋泉社)という本を処分しようかと思ったのだが、「私のとっておきの映画」と題した、思い出に残る映画・俳優についての著名人へのアンケート結果が含まれており、日野啓三も回答しているので処分するのはやめることにした。 日野啓三が選んだ作品(すべて)と彼の感想(抜粋): ■『2001年宇宙の旅』 何度見直しても、この映画の気品と格調の高さはベスト1にふさわしいと思う。 ■『ブレードランナー』 この映画にだけ私は何度見ても涙を流しかける。 ■『地獄の黙示録』 この映画こそ映画館で一、二度見ただけではわからない。 ■『ストーカー』 草と水に対する祈るような描写。 ■『パリ、テキサス』 冒頭で主人公が失われた故郷を求めて、ひとり黙々と不毛の荒野を歩き続ける場面は、この時代のわれわれ自身の最も鮮やかなイメージである。 ■『ミツバチのささやき』 深くて精妙なこの作品の感触は、常に懐かしい。 ■『エルム街の悪夢』 究極のホラー映画。 ■『ヨーロッパの解放』 戦争映画の最高傑作。この作品に比べると他のほとんどの戦争映画は、戦争ごっこだ。 ■『芙蓉鎮』 単なる文革被害物語ではない。 本からの書き写しという単純作業をしていたら、哀しみが少しばかり薄らいだ。 2007年 09月 02日
心の底から深く敬愛するただひとりの人、日野啓三。彼の存在を知って間もない頃に読んだ短編集『蛇のいた場所』(集英社)に収録されている『果ての谷』(1978年)の舞台はトルコのカッパドキア。 この作品を読んで以来何十年もの間、カッパドキアに行ってみたいという思いはあったが、「地の果て」というイメージがあまりにも大きく重いお尻がまったく上がらなかった。 ここ数年はカッパドキアのことはほとんど忘れていたのだが、つい最近いくつかの偶然が重なり、突然思いがけなく長年の夢が実現した! イスタンブールまで飛行機、さらに夜行バスで11時間。我が家を出てから26時間後にはカッパドキアの地に立っていたので、あまりのあっけなさに拍子抜けした。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 見渡す限り不思議な形をした奇岩が立ち並ぶ荒涼とした風景が続く。日野啓三の作品を通して想像していただけの風景が目の前に現れた瞬間、感動のあまり言葉を失った。 彼は『天窓のあるガレージ』(福武書店)に収録されている短編『渦巻』(1981年)でこう書いている。「そもそも今回のカッパドキア行きそのものが、奇妙だった。私は約一年前に、数枚の写真と簡単な知識だけを頼りに、カッパドキアを訪れる小説を書いていたのだ。細かな点で苦労もしたが、それ以上に想像力が豊かと思っていなかった自分を駆りたてた力に、自分自身が驚いた。そしてちょうど一年後、思いがけなく実際にカッパドキアまで行く機会が突然訪れた。私が計画したのでも希望したのでもない。まるで私の小説が現実を呼び寄せたようだった。あるいは少し後に訪れることになるその異形の地の光景を、私の心がすでに見てしまっていたようだった。」 『天窓のあるガレージ』には『地下都市』(1980年)という短編も収録されている。この作品ではカッパドキア地方にいくつもある、古代ローマ後期にキリスト教徒が居住していた地下都市を主人公が訪れる。 私が先日見学したデリンクユ地下都市は、なんと地下8階まであった。岩を掘り抜いて地下都市を造り上げた人々の意志の強固さ、そして暗い地下での生活は想像を絶するばかりだ。 『聖岩』(中央公論社)に収録されている『幻影と記号』(1995年)では、日野はこう書いている。「数え切れぬ奇岩の並ぶ風景が、初めてなのに初めての気がしなかった。確かに異常で奇怪なのに、懐かしいという気分が自然に湧いてくる、意識の最深部からの記憶を越えて。」 ****** トルコから戻って何日もたつというのに、わずかな滞在期間中に胃がトルコ人化したのか、まるで鉄が磁石に引き付けられるかのごとく、ドイツには無数にあるケバブ屋やトルコ料理店が視界に入ると、無意識のうちに身体が引き寄せられてしまう。(つまり、ケバブばっかり食べているってこと。) この状態、いったいいつまで続くのやら・・・ 2007年 06月 15日
昨日は全世界的に6月14日だった。
これまでの人生においても、そしてこれからの人生においても、これ以上深く敬愛できる人は絶対にいないであろう人物のことがやたら思い浮かぶので不思議に思っていたら、その人の誕生日だったことに気づいた。 忘れていた自分がどうかしてるけど、でも当日になって思い出したので日野啓三と私はやっぱり強く結びついているのだと再認識できて、うれしさのあまり気を失いそうになった。 いちばん最近読んだ作品は『光』(文藝春秋社)。 彼の作品では90年代の最高傑作。 これまでは読むたびに東京はずれの病院で働く中国人看護婦に自分を重ねていたのだが、今回はなぜか役人の石切課長に親しみを感じた。理由はただひとつ。石切課長は「インドに出張して聖地ベナレスで汲んできたガンジス川の聖なる水」を持っているからだ。日野啓三もこの水を所持していた。そして私も・・・。 なんで『光』を再読する気になったかというと、昨年亡くなった映画監督、実相寺昭雄が『光』を映画化する予定だったとの記事を発見したから。 この記事を読んだときは死ぬほど悔しくてたまらなかった。どうして撮影する前に亡くなってしまったんですかと心の中で絶叫した。今考えただけでも無念さのあまり全身張り裂けそうになる。誰か代わりに撮影してくれているのだろうか?全財産を投入するのは無理だけど、1ヵ月分のお給料くらいなら撮影資金のごくごくわずかな足しにしてもらってもいい。その間水だけ飲んで暮らして、映画を我慢する覚悟はある。お願いですから、どなたか撮影してください・・。 この作品はオペラになっている。残念ながら当時どうしても都合がつかなかったので、観ることができなかった・・。どこかで是非ともこのオペラを再演してほしい・・。TLさんの感想 『光』はとにかく名作だ。記憶障害で入院中の元宇宙飛行士。彼を担当する中国人看護婦。元宇宙飛行士の監視役が石切課長。そして新宿を根城とするホームレスの老人などが主な登場人物。月面に降り立った宇宙飛行士が見たものとはいったい何だったのか・・・。 昨晩は弟殿@米国に教えてもらった、ハネケの傑作『Der Siebente Kontinent』を観てショックを受けた。 日野啓三がこの作品を初めとするハネケの映画を観たら、いったいどう感じたのだろう・・。そんな思いを巡らせていたら、失ったものの重さがズシリと心にのしかかってきて、言い知れぬ深い哀しみに襲われた。
2007年 03月 20日
最も敬愛する作家、日野啓三のこの短編集は2002年に刊行された直後に読んだ。その時の感想はというと・・・* 日野啓三もただの男だったのか。 * あんなに女友達のことばかり書いていたら、奥様が嫉妬のあまり、食事にこっそり毒を盛るのではないか。 それ以来この本は私の中で「日野啓三から写真家の女友達への恋文」という位置付けになってしまって読む気がしなかったのだが、なぜか昨晩は床に就く前にこの本が目に止まり、読んでみる気になった。 最後の短編『神の小さな庭で』だけ読んでみたところ、マグニチュード100を超えるぐらいの衝撃を受け、声を上げて泣いてしまった。最初に読んだときは「女友達」の文字しか目に入らず、何も理解していなかった自分が恥ずかしくてたまらない・・・。 2000年1月1日にクモ膜下出血で入院した日野啓三は、退院後リハビリで家の近くの公園で歩行練習を行う。よちよちと歩いている彼と、同じくよちよち歩きの2歳か3歳くらいの幼児たちがお互いの存在を認め手を振り合う。しばらくしてから彼は、幼児のひとりから小さな木の実を渡される。ふたりの心が通いあったそのときの描写が、しばらく立ち直れないくらい強く心を打ったので書き写しておく。 ****** 「意味や目的はあいまいでも、何か温かいものがふたりの間に流れ伝わったことにふたりとも満足したことを感じ合ったとき、私は穏やかに深く感動し、「天国はこのような者の国である」という福音書の中の言葉を、しっかりと過不足なく理解したと信じた。意味や理由や目的は不可解ないしあいまいでも、掛け値なしに本気の何事かがスッと通じ合うとき、ふたりはまさに天国にいるのだ。そして多分、人間という生き物は説明も強制も一切なしに、共感し納得し合うことが時に可能で、人間とはそういう生物なのだ、と日頃「天国」にも「神の国」にも特別の興味も持たない私が、そうした言葉で人間が実に長い間、何を願い、何をめざそうとしてきたのか、スッとわかった、という気がしたのだ。それというのも、私がこれらの幼児たちと同じ生物だということを、不意に完全に理解し直観したからだったろう。」 そして、あとがきの最後の文章。 「私たちは男も女も人間も動物も、実は同じ神の庭で生かされているのだ。必ずしもキリスト教の神ではなくとも。」 (日野啓三著『落葉 神の小さな庭で』集英社より) ****** 泣いてるうちに思い出したのが『ミリオンダラーベイビー』で一番心に残った場面。場所はガソリンスタンド。止まっている車の中のヒラリー・スワンク演じる女性ボクサーと、トラックの中にいる見知らぬ少女(監督の娘が演じているそうだ。)が互いに手を振り合う。 あれを観た途端に、今だかつてないくらい大粒の涙が滝のごとくドボドボと流れ落ちた。映画を観て泣くことなんて普段ないにもかかわらずだ。片手で数えられる程度の観客がいたので、漏れそうになる嗚咽を抑えなくてはならず大変だった。あのおそらく1分にも満たない場面に、すっかり打ちのめされてしまった・・・。 そんなことも思い出したので、一晩中布団の中で泣き続けてしまいそうだったが、翌日睡眠不足で仕事ができないと困るので寝た。 追:}今朝鏡を見たら、軽いお岩さんだった。 2007年 02月 20日
日本語訳を読むことは一生できないだろうとほぼあきらめていた、ロベール・ブレッソンの『シネマトグラフ覚書』。長いこと日本語訳は絶版だったのだが、なんと昨年第三刷が発行されていた! 夢みたいだ。まだ現実味がない・・・。 早速読んでみたら、漢字が多いせいか以前読んだ英訳版と比べて取っ付きにくい印象だった。でも日本語で読めて大満足。 気になった文章を少しばかり記録しておく。 * 撮影。印象と感覚のみ信じること。これら印象や感覚とは無縁な知性の介入は、必要なし。 * 平衡を失わせること、新たな平衡を得るために。 * やり損なった事柄も、もし違う場所に置き直せば、成功した事柄となりうるだろう。 * 原因は結果の後に来るべきであり、それに伴行したりそれに先んじたりするべきではない。 * われわれの眼と耳が要求するのは、現実そのままの人間の姿ではなく、真の人間の姿だ。 * 真実に対して君の傾ける情熱のうちに、人はただ偏執しか見ることができないだろう。 * 前もって頭の中で五回も十回も捏ねくり返したことよりも、その場で直感的にぴんと来ることの方を優先せよ。 (ロベール・ブレッソン著、松浦寿輝訳『シネマトグラフ覚書』筑摩書房より抜粋) ![]() 日本語訳が入手不可ならドイツ語訳でもいいと思って探していた数年前には絶版だったのだが、調べたらドイツ語訳も入手できることがわかったので読んでみるつもり。 フランス語ができて原語で読めたら一番良いのだろうが・・・残念ながら今の私にはできない。 2007年 01月 02日
新年明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。 2007年最初に読んだ本に感動して言葉も出ない状態だ。 読んだのは『指揮者 大植英次』(山田真一著・アルファベータ発行)。 Jさんからいろいろとお聞きしたり、いくつかの新聞記事を読んで、断片的に大植英次が指揮者としてだけでなく、人間としていかに素晴らしいかを知っていたつもりだが、アメリカ、ドイツ、日本での彼のこれまでの軌跡を追ったこの本を読んで、いかに彼が偉大なる音楽家であるかを改めて実感した。 桐朋学園時代には、私が日本に住んでいた頃熱愛していた清水信貴と下宿が同じで、騒ぎ友達だったとの文章を発見して発狂しそうだった。そのページをコピーして、額に入れて飾りたいとまで思ったくらいだ。でもそんなことするのは気○い沙汰だというくらいの判断はできるのでやめた。 もう何年もすっかり忘れていた信貴さんの名前を見て、彼の演奏を聴きに駆けずり回っていた頃の思い出にしばし浸ってしまった・・。当時、彼は読売交響楽団の団員だったので、読響の演奏会に行ったり、日本テレビで演奏を中継すると必ず見ていた。いつの日か京都で、彼の演奏を絶対に聴いてみたい。 話がすっかりそれてしまった・・・。 とにかく素晴らしい本だった。 大植英次の子供の頃から現在に至るまでの主な出来事が系統立てて簡潔にまとめられており、彼がいかに純粋に音楽を愛しているか、また彼の音楽に対する情熱がひしひしと伝わってきた。人間じゃないのではないか・・・とまで思ってしまうくらい、高度な能力を持ち備えた人だ。 大阪フィルでの音楽監督就任披露公演では、マーラーの交響曲第二番『復活』を演奏したそうだ。彼の『復活』、聴いてみたい・・・。
2006年 10月 14日
昨日は必要に迫られ、7年ぶりで我が家から徒歩2分の内科に行った。前回行ったのは、高熱で死ぬ寸前だった時。
とにかく医者嫌いなので、恐怖に怯えながら待ち合い室で座っていたら、突然何の前ぶれもなく敬愛してやまない日野啓三のことを思い出した。 彼の作品はすべて愛しているが、その中でもひときわ愛情度の高い『抱擁』を再読したばっかりだったので、しばし『抱擁』の世界に思いを馳せているうちに気づいた。10月14日は日野啓三の命日だということに。私としたことがすっかり忘れてた。 でも前日にちゃんと思い出したことに感動して、喜びのあまりその場で思いっきり号泣したい衝動にかられた。やっぱり彼と私は切っても切れない強力な絆で結びついている(・・・と一方的に思っている。)。ここまで深く敬愛できる人に出会うことは一生ないだろう。 彼がこの世にはいないという事実から覚える喪失感は4年前とまったく変わらない。それどころかますます大きくなるばかりだ。考えただけで胸が強烈に痛む・・・。 4年前の葬儀の時に流れていたという、ブラームスの『間奏曲変ホ長調 作品117-1 Intermezzo in E-flat major, Op. 117 No.1』。今日はグールドの演奏で1日じゅう聴きまくるつもり。そして日野啓三を知るきっかけとなった名作『夢の島』を読んで彼を偲ぶ。医者からは、あなたのカルテは真っ白ですねと非難(?)されたので、はぁ、すみません、と心の中で謝った。用事のついでに、定期検診もどきもやってもらった。まずは血圧を計ると言われ、医者の目の前で計ると通常より高い値が出ると聞いたことがあったので少し期待したものの、計り終わった途端に「低いですね。」と言われ悲しくなった。 2006年 09月 23日
ジャ・ジャンクーの新作のタイトルが『Still Life』だと知って、思い出したのが池澤夏樹の『スティル・ライフ』。映画ファンにとっては、彼は作家というより、アンゲロプロスの字幕を作る人としての知名度のほうが高いのかな?
かつて私には、敬愛する作家は福永武彦のみ、という時期があった。 部屋の壁に彼の写真を掛けていたくらい、心底尊敬していた。 ある時、その年の芥川賞を受賞したのが福永武彦の息子で、その人の名は池澤夏樹だと妹から教えられた。まるで脳天をぶち割られたような衝撃だった。 それまで、私にとって池澤夏樹とは、死ぬほど敬愛している日野啓三の本でときどき解説を書いてる人としての認識しかなかったのだが、その人がなんと福永武彦の息子だったとは!しかも小説を書いていたなんて!たちまち、まさにすっぽんのごとく、池澤夏樹にくらいついてしまった・・・。はしたないことだ。 初めて読んだ彼の作品が、『スティル・ライフ』。 あんなに透明感のある小説を読んだのは生まれて初めてのことで、たちまち身も心もとろけて、彼の作り出す世界の虜状態。 お互いの素性をろくに知らない、おそらく20代か30代の男性ふたりが、理科っぽい話をしたり、山や川のスライドを映して見たりする。汗にまみれた男同士の熱い友情の対極を行く、ふたりの無機質で希薄に見えるけど、心が通じ合っている関係がとても新鮮で好感を持った。やがてふたりは共同であることを成し遂げ、そしてさらりと別れて行く・・・。 音楽でいえば序曲ともいうべき、この小説のはじめの部分がとにかく好きなので書き出しておく。 +++++ この世界がきみのために存在すると思ってはいけない。世界はきみを入れる容器ではない。 世界ときみは、二本の木が並んで立つように、どちらも寄りかかることなく、それぞれまっすぐに立っている。 きみは自分のそばに世界という立派な木があることを知っている。それを喜んでいる。世界の方はあまりきみのことを考えていないかもしれない。(以下省略) (池澤夏樹著『スティル・ライフ』中央公論社より抜粋) ![]() 戸田ツトムによるこの本の装幀にも思いっきりシビれた。 2007年4月5日追記: またまたnocturnes_1875様の素晴らしい記事を発見して感動。 2006年 04月 13日
大好きな日野啓三の作品のなかでも、特に気に入っている『砂丘が動くように』を久しぶりに読んだ。
ハードカバー1冊と文庫2冊を持っていて、今回は池澤夏樹が解説を書いている中公文庫を選んだ。持ち歩いていたら、鞄の中で水害が発生して(ミネラルウォーターがびんからこぼれた)、すぐに救出したものの、乾いたら紙がゴワゴワになってしまった(涙)。 ちなみに講談社文芸文庫版には、日野啓三自身による年譜が入っているのがうれしい。 舞台は寂れた町にある砂丘(鳥取の砂丘がモデルだそうだ)。主な登場人物は、ゴーストと呼ばれる33才のフリーライター、女装する美しい男性ビッキー、不思議な力を持つ少年、そして、少年の盲目である姉。4章に分かれていて、4人がそれぞれの章の中心を担う。 毎回のことながら、少年が砂丘に風を呼び、砂丘が荒れる3章では心臓の鼓動が激しくなって、息が荒くなってしまう。4章のエピローグで、別れの静けさに涙を流してしまうのは、いつ読んでも同じ。 ![]() ca. 1920 20世紀の終わり近くにフィラデルフィア美術館の片隅で、ブランクーシのこの作品を見つけたときは、驚きで心臓が止まりそうになった。 『砂丘が動くように』では、盲目の姉が作った、卵のような形をした陶器が登場する。色は黒っぽいことになっているのだが、形はまさにこのブランクーシの作品にそっくりだろうと思われる。その卵を思いがけずフィラデルフィアで発見したので、あまりの驚きに身体が硬直してしまい、しばらくその部屋から動けなかった・・・。はたして、日野啓三はこの作品を見たことがあったのだろうか? TLさんの感想 ここからはまったく空想の世界。 できることならこの小説を映画化してみたいと思う。でも監督する才能がないのは明らかなので、もし宝くじで大当たりして大金を手にしたら、プロデューサーになって映画化してみたい。(あくまでも空想です。) その場合、監督を誰にしようか…と考えたことがあって、外国人だと小説を他の国の言葉に翻訳しなくちゃならなくて面倒なので、日本人にまかせるほうがいい。となると頭に浮かぶのは塩田明彦と古厩智之。絶対に頼まないだろうなと思うのは、市川準と岩井俊二。 2006年 02月 15日
昨年初めて行ったインドで、ベナレス(ヴァラナシ)に寄った。
インドに行きたかった理由のひとつは、どうしてもガンジス川の水が欲しかったから。敬愛する日野啓三の著書で、彼がガンジス川から水を持ち帰ったということを読んで以来、どうしても同じことをしたかったという、極めて幼稚的な発想。大昔に韓国を訪れたのもまったく同じ理由で、彼が韓国に住んでいたことがあるから、行ってみたかったのだ。念願かなって、薬の小びんにガンジス川の水を入れて持ってきた。インド人も聖なる川の水を持ち帰るようで、町の中から川までの道沿いでは、大小さまざまなポリタンクが売られていた。インド人は聖なる川の水をいったい何に使うのだろう? インドから帰ってから、どの本に書かれていたのか確認しようとしたのだが、いくら探しても見つからない。しばらく探すのを忘れていたが、つい最近になってようやく見つけた。 『都市の感触』日野啓三著(講談社) 内容についてはTL氏におまかせします。TL氏も言及してる、戸田ツトムによる装丁が好き。 個人的に非常に思い出深い年、1987年の1月から12月まで文芸雑誌「群像」に連載された12の短編を集めた本。そのなかのひとつ「めぐるもの」に、聖地ベナレスで薬の小びんに入れて持ってきたガンジス川の水のことが書かれている。 うーん、でも他の本にも別の形で書かれてた気がする・・・。 まあ、そのうち見つかるだろう。 TLさん: 私も門外漢ですが、戸田ツトムは当時絶対にMacを使って装丁してたはず。(と断言!)『都市の書物』(池澤夏樹著)にも1989年のあとがきでそう書かれてました。(TLさん、とっくにご確認済みでしょうが・・・。)この本もいいですね〜。好きです。ちなみに我が家には1987年当時、おもちゃみたいなMacがありました。あれ処分しないで持っておけば良かったのになあ・・・と思う今日このごろであります。 < 前のページ次のページ >
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